夕暮れのカフェ


子供たちを実家に預け

先にウチへ戻る。


棚の上で薄っすら埃を被ったガーミンにケーブルを差込んで充電を始めるけど、

走り出すまで後10分もない。


突然の思い付き。この空いた2時間だけでも久しぶりに走りたいと思ったのだ。


時計の針は15時半を回る。


タイヤに空気を入れ、久しぶりにジャージに身を包むと、

鏡に映る自分のダラシない腹に思わず「ダサっ」と独りごちて自嘲した。



通勤や、

移動する目的でロードバイクに乗ってはいたけれど、

最後に、自分の為だけにペダルを踏んだのは、どれくらい前だろう。


そういえば、先シーズン、

CXのレースは遂にひとつも走らなかった。


整備されたCXバイクは盆栽の如く部屋に飾られている。


振り返れば、

秋、娘の入院。冬、仕事の異動、まさかの異業種で、春になっても管理が全く儘ならない日々が続いている。


辛かった事を思い出に変える間もない程、忘れる事も忘れながら時は過ぎ、

自分を見失いかけては眠れない夜を過ごしている。


なんとか取った短い連休も、仕事が頭から離れない。



おりしも、


おりしもそんな時、


10年以上連絡を絶っていた恩師から電話が鳴る。


そんな些細なキッカケと、

僅かながら出来た独りの時間。

今なら走り出せそうな、そんな気がした。

自分の為にペダルを踏む事を僕は忘れていたのだ。



可愛らしく丸みを帯びた腹をひとつ叩いて、


クリートの嵌る乾いた音を聞く。


新調したサングラス、「100%」のスピードクラフトは視界良好、前傾姿勢でも眉毛の上まで良く見える。


いつもの練習場に行き、短いコースでタイムを計る。

ジュアッ、ジュアッ、とアスファルトにタイヤを擦り付ける。


なんだ、思った程落ちてないじゃないか。そう思った途端、もう脚が回らなくなった。


やっぱり、そんなに甘くはないか。でも、タイムなんか今はどうでもいい。

応える様にガーミンのバッテリーが切れた。


ただ走る事で、自分自身を取り戻せる様な気がしていた。なんとなく分かっていたけれど、

その一歩が、最近の僕には難しかった。


今は、また走り出せた事、


自分だけの為にペダルを踏めた事に、

少しだけ酔っていいと思うのだ。




日が沈む頃、閉店準備を始めたカフェに滑り込みアイスコーヒーを貰った。


息を切らしながら、

それでもいつもより饒舌に話す自分に、

店員さんも少し困惑していたかも知れない。










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