帰省ライド

歯のブリッジが割れた。


すぐに歯医者に行き、

ブリッジ作り直しって事で、

総額二万四千円とか。


妻は別に何も言わなかったけれど、

電車代を節約するという口実で、

盆は僕一人、

自走で帰省する事にした。


実家までは

片道150kmくらい。

淡路島一周と考えれば

どうという事は無い距離だ。


事前に荷物を実家に送って、

朝7時半に出発すれば

昼過ぎには着く。


兼ねてからの願いだった

自転車での帰省だ。


途中、良さげなパン屋で休憩を取り、

残りの距離を携帯で調べる。


まだ80kmもある。

いや、

もう80kmしかない、

と、

出来るだけ楽しそうなルートを寄り道しながら探して走り、

浮かれてオーバーペース気味で、


実家のある街との県境にある峠を登る頃には、もう脚を回すのも辛くなっていた。


あと数メートルで市内に到達するってトコで電話が鳴る。


母からだ。

後どれくらいで市に着くのか聞いて来たので、まぁ、あと5秒くらいかな笑。


と、そこで母は初めて僕が自転車で帰ってる事に気付いたらしく、


家の玄関に着いた僕の顔を見た母は

開口一発、

「あんた二児の父やのに、事故でもしたらどうするの!」

と怒られた。


そりゃまぁ、そうか。


後を追って電車で来る予定だった妻は

娘の発熱で帰省出来なくなり、

前乗りで帰ってた息子は従兄弟と親父とべったり遊んでる。


二日目は特にやる事もないし、

僕はせっかく自転車もある、

という事で、

市内一周してみる事にした。


さて、

行くか。


そういえば、小5の頃だったか、

自転車で市内一周してくる、

と自分的市内一周を目指し、

母に見送られて出発した事があったが、

随分小回りな一周だったし、

結局最後はオモチャ屋に寄って、

本屋で立ち読みして敢え無く帰って来てしまった。

恥ずかしく、苦い想い出だ。


流石にあの頃よりはマシなルート取りで走り出し、


最初の丘に差し掛かる頃、

20代の頃この辺りでパトカーから逃げた事に気が付いて

…嫌な事思い出したな、と

少し憂鬱な気持ちになってギアを二枚落とし、

一気に丘を駆け上がった。


その丘は以前父の自転車でヒイヒイ言いながら登ったのだけれど、

ロードだと大した事はないと感じたので、機材ドーピングってのはあるな、

と痛感する。


港側に出ると美しく、赤レンガ倉庫等、観光地として整備されていた。


その先にある壁の様な港大橋。

僕は幼少の頃この辺りに住んでいて、

親父の趣味で着せられた巨人の原選手のユニフォームでよく走り込みをしていた。

港大橋の端をせっせと駆け登る小2の僕には、その坂はとても大きかった。


とはいえその頃、

リトルリーグに入ってたワケでもなかったし、

何の為に走り込んでいたのかは

今も不明だ。


さて、

半島に入るとサイクリング感はぐっと上がる。


穴場の海水浴場へ向かう道だが、

学生の頃その海の家でバイトしていて、

同じバイトの女の子を好きになったけど、

その子に「ミエハルさん」とアダ名されたし、

当然叶わぬ恋に終わった事を思い出しながら、


僕は、半島の反対へ抜ける峠道、

「ノーマ峠」へ入る。


減速コーナーが繰り返す、走り屋のメッカで凶悪な峠道。


僕の友人も何人かガードレールの向こうへ飛んで行ってると聞いていたが、

登りで自転車なら大して怖くない。


が、


なんと、


峠は減速コーナー区間手前で通行止めになり、


代わりに

トンネルが貫通していた。

それはいい。


僕はトンネルなんか無いコースだと思ってライトもテールランプも外してきていたのだ。


なんてバカなんだ。僕は。


そのトンネルは思ったより長く、

緩やかにカーブして出口は全く見えない。


よりによって今日は黒いジャージを着てる。


暗闇の中で、自分の置かれた状況を鑑みて、トンネルに入った事を後悔した。


対向車のライトが逆光になれば、

後方からくる車には完全に僕は見えなくなるのではないか。


死が脳裏をよぎる。



せめてテールランプがあれば。


携帯のライトをつけ、

背中のポケットからチョイ出しにし、

少しでも視認して貰える様に、

大袈裟にハンドルを振ってダンシングを始める。


とにかく、この登り勾配のトンネルを、

全速力だ!


その時、後方から、車の音。

祈る様にペダルを回す。


どうやら気付いてくれた様子で、

その車の動きで後ろの車両も交わしてくれた。


でも、次のグループの先頭が気が付いてくれるとは思わない。


その矢先、出口と思わしき光が見え、

僕は全速力で走りきった。


大層な恐怖体験だったが、

トンネルを抜ければ

緩やかで長い下り。その先は、


白く美しい浜が広がる。

水着の女の子に癒される、

かと思いきや、家族連れか、でなければ半身に墨が入った悪そうな若者がこれ見よがしにタムロしていて、


20年前と余りにも変わらない風景に、

なんだかまた憂鬱になる。


海岸を抜け、山間に入ると、

昼間だというのに農村に

殆ど人が居ない。


オシャレな感じのカフェに入ると、

サイクルラックなんかもあって現代的だ。

そこから田園を抜ける新しい道は、

走りやすく気がつくともう、

ウチに着いてしまった。


50kmもないじゃないか。


もう一度小高い丘に逆から登って街を見下ろす。


四方を山に囲まれた街。

若い頃、僕らはよく、

この街を箱庭と呼んだ。


それは色んな意味での閉塞感を表していて、それは今も変わらない。


良くも、悪くも。



翌日は、地図で見てもクネクネと蛇行し、激しい勾配と標高を予感させる市外の山間部に向かった。


そこは案の定、

とんでもなく蛇行した山道で、

それは想像以上に気持ち良く、

写真を撮るのも忘れ夢中で駆け上がってしまった。



最終日、自転車で大阪へ帰るのはさすがに母に止められ、

父が娘に会うついでに僕と息子を車で送ってくれた。


その夜、

父と飲む。


おやすみを言って寝室へ駆け込んで行く息子を、娘がキャッキャ言いながら追いかけて行く姿を愛でた後、


親父が

「お前は何しでかすか分からんからな。今回も突然自転車で帰ってきたり」


ハハハ、と愛想笑う僕に、

続けて

「でもお前の人生はワリと良いんじゃないかと思う。点数付けるなら、そうやな…」


「85点」


何その半端な。


「給料安いからな、85点」と言って親父は笑った。


田舎にいる頃から親父には迷惑ばかりかけていた。

そして実際、

あの街に良い想い出なんかあまり無い。


いやでも、


嬉しくて楽しいだけの事なんて、

大した想い出じゃないんだろう。


振り返れば、

良くも悪くも変わらないあの街が

いつも赤点だった僕を、


今も変え続けているのだと思う。







東京サイクリング


「うそうそ、ホントに思ってないから言えるんじゃけん…」


「…かわいいと思っとお…。かわいい…。これは本音やけ」



…サイクリングロードってのは、

真っ直ぐだと思い込んでボーッと走ってると、

思わぬ所で行き止まりにぶち当たってしまう。


でも、その行き止まりに関して言えば、


ガードの向こうに芝の伸びた見晴らしの良い小さな丘があったので、

ガードを跨いで写真を撮ろうとしていると、


丘の下から、

こっちが赤面する様な、

先のカップルの会話である。

見てはイケナイ物でも見るように、

脇の下から覗き見た彼らは、

日焼けピクニックをするカップル。


1人は短髪でビキニパンツのマッスルガイ。

もう1人は対称的に線の細い、男性。



…その時僕は感じたんだ。


東京の「自由」ってヤツを…。



荒川サイクリングロードは、

野球少年達とサイクリストでごった返し、

まぁ、走りやすい歩道、くらいの感じで、ビュンビュン飛ばすには時間帯を選ぶ必要があるのだろう。


走る先々に野球のグラウンドが広がってるのは、大阪の河川敷も同じで、


あらためて日本人の野球愛の深さを

痛感しながら、

全国どこの河川敷にもある様な、

サイクリングロードをひた走る。


短期の東京出張にわざわざロードバイクを持ってきたので、

宿舎から遠くない荒川サイクリングロードの起点へ向かい、


当て所なく走るのもどうかと思うので、

今回はネットで調べたコースをトレースする事に。


荒川サイクリングロードから入間サイクリングロードへ、

そのゴール手前で逸れて「サイボクハム」で昼メシにトンテキを食らうルート。


ざっくり片道80km、

往復しても160kmくらいか、と

走り出したものの、

あまりにもサイクリングロード然としていて黙々とクランクを回し続けるだけの道のり。


前週に、

都内に向かって観光がてら走りに行った時の方が、楽しかったかも知れない。


その日は、

LUGに飯食いに行こうと走ると

お店は引越し中。

ちゃんと調べて来なかった自分に苛立ちながらも、


それならという事でRapha東京に。

ここで食べたTDFサンド?がメチャクチャ美味くてスッカリ機嫌を良くし、

偶然通りかかった皇居周辺で行われていた、

パレスサイクリングという、

皇居周辺道路を一部自転車専用道とし、

サイクリングコース化するイベントに混じってみた。


道端ジェシカみたいなトライアスロンな女性ライダーや、貸し出しされてるタンデムバイクに乗る若いカップル、

家族で自転車を楽しむ人々など様々。


その中でガンガン飛ばすローディーの方が場違いな気もしたので、

それなりにスピードを抑え、距離を稼ぐ方向でグルグル走ってると、


カーボン製のロードバイクばかりの中で一際目立つスチールのフレームを見つける。


アーミーグリーンの、カラビンカだ。

飛び抜けてオシャレな感じがしたし、

INSTAでいつも見てるホンザキ氏かな?


でもまさか、この大東京でそんな偶然あるだろうか、という気がして、

声をかける事なくスッと前に出た。

(後でご本人からインスタで連絡を貰いました。)


皇居周辺という事で、

道は綺麗だし景色も良く開放感もある。

何よりこんな都市のど真ん中で自転車専用道なんて、

非日常感が気持ち良い。



そう、

今こうして走るサイクリングロードにも、

確かに非日常感はあるのだけれども。


そう言えば、

すれ違うロードバイクに乗る人に、ヘルメットを被ってない人を結構な数見たと思う。

これは文化の違いか、分母の違いか。


僕自身、ヘルメットに救われた経験が何度かあるので、怖くないのかな、とは思うけれど、

それがスタイルであれ何であれ、

他人がとやかく言うモノでもないし、

そういうのは好きじゃない。


そう、

東京は自由…。



荒川サイクリングロードから入間サイクリングロードに入ると、

幅員は狭くなり、

サイクリストもグッと減る。


暑さで参ってきて、

水といっしょにジュースも買って、

ゴクゴクとその場で飲み干し、

水は水でボトルに入れるけれど、

夏の陽射しがボトルを温めてしまって、

買い足した水はすぐヌルくなってしまう。


サイクリングロードを逸れて、

サイボクハムの近くまで来ると、

なるほど、東京も少し走ればそれなりの田舎町に到達するんだな。

そう感じて間も無く、

目的地、サイボクハムに到着。


なんだか腹は減ってるのに食欲がない。

正直、

肉とかハムとか、

ムッとする。


が、

目の前に現れたトンテキとハム。

とりあえずカブリつくと、

甘く香ばしい肉汁が

じわっと舌を包んで、

一気に食欲を思い出させる。


コレはビールしかない、

と、

慌ててノンアルコールビールを購入したがコレはまぁ、

やっぱあんまり美味くないな。

でも、

いかに東京が自由とはいえ、

流石に飲酒運転はマズイし。


ここら帰路、80km。


とりあえず残り数キロでサイクリングロードはゴールなので、そこまで行ってみたが、


何もなかった。


予定通り、折り返すか。


でも国道で真っ直ぐ帰ったら50kmほど。


…やっぱ、

真っ直ぐ帰るか。


そう、東京は自由なんだからね!


特に面白くも何ともない、

ただ都心へ向かうだけの国道を、

信号で捕まり、

車に邪魔扱いされながら、

僕は黙々とペダルを回す事に。


水の飲み過ぎで腹はポチャポチャしてるのに喉ばっかり渇く。


たまらず自販機でキレートレモンを買う。爽やかな酸味が恋しい。


って、よく見たらキレキレレモンて買いてあるやん!甘っ!

フザケやがって…!


類似品と本物の見分けもつかない程の渇きを潤せるのは、


やっぱりビール。ビールしかないで…。


日も暮れはじめた頃、

誰も待たない宿舎に到着。


近所のコンビニで買ったビールに

早速指を掛けそうになったが、

その手をそのまま冷蔵庫へ入れた。


まだだ。


ここで焦って飲まない。

大人は堪える事で幸福感を跳ね上げる術を知ってるモンだ。


シャワーを浴びて埃と汗を流し、

そこで初めて脚にキテる事に気がつく。


部屋着に着替え、

せっかくだ、グラスも出そう。


誰が置いてったのか、

これは中々良いグラスだ(多分)。


冷蔵庫から出したビールのプルトップを

僕は勿体つけずに引いた。


『パシュッ』


小気味良い音が、鼓膜を震わせ

耳小骨を伝う。


グラスに注いだビールをンぐンぐと飲み干して、

誰ともなく「うまい」と呟いた。


誰にも縛られず、

誰も知らない街で暮らす事が

自由だと思ってた頃があった。


自由とはなんだ。


クタクタに疲れた脚。

飲み干すビールの喉越し。

舐め回すように今日のログを見つめる時間。


誰かと比べる事もなく、

比べられる事もなく、


達成感と、

自分の事が少しだけ

好きになれる時間がある。


好きな自分でいられる事こそが、

きっと自由という事で、


東京ってのは、

そんな人が沢山集まる街なんだろうなと

ボンヤリ思いながら、


ソファの上で僕の意識は溶け落ちた。










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