チェアリングとは。
外へ飛びだし、
お気に入りの場所を探して突然椅子を展開。
読書や食事、飲酒と…
あたかもパーソナルスペースの様に振舞う、
最も簡単なアクティビティとして近年人気。
そう書けば、場合によっては
迷惑行為にも写りそうだけれど、
目的上、人気のない場所を選ぶ為
そうなる事も少ないし、
場所を探すという点に於いて、
自転車との親和性は著しく高い。
より速く、
より荒れた道を、
より人知れぬ場所まで。
車種は、
グラベルロードか、
CXも、
もちろん、
ロードでもMTBでも何でも良い気はする。
僕は、
マルチギア仕様のKINFOLK-CXに跨り、
ペダルを踏みながら、その足回りを鑑みる。
36cのスリックタイヤは、荒れた下り路面でナーバスになる事もなく、
平坦では意外にも転がる。
これは単純に楽しい。
僕は例のハンドルバッグの上にコンビニで買ったカップラーメンを挟み、生駒山を登り始めた。
そう、今の僕には、
山の上だろうとお湯を沸かせる能力があるのだ。
やがて山中のグラベルへ入り、山道中の朽ちた駐車場を見つけて間借りして、
トップチューブに着けたフェアウェザーのフレームバッグに忍ばせた、
ヘリノックスのチェアゼロを出す。
チェアゼロは、500g程の超軽量でありながら、
十二分な座り心地を提供してくれる。
ネットの情報では、
自転車に搭載すると微々たる振動で、チェアのパイプフレームが傷だらけになるとか聞いたけれど、全くそんな心配は無かった。
フェアウェザーのフレームバッグにピッタリ収納出来るのも良い。
なにより、この手のアウトドアチェアというのは、腰掛けて見れば、自然と空へ視線が向く。
さて、
ゴタクはもういいか。
ストーブの着火スイッチを押すと、
ボウッ、と小さく音を立て青い炎が沸々と
湯を沸かす。
最初はまず、カップ麺。
お湯を注ぎ待つ間に、
コーヒーミルをゴリゴリ回す。
ふいに、スィッとハンドルが回れば挽き終わり。
粉をフィルターに移して一投目の湯を注ぐ。
粉が美しく膨らみ、それが落ち着いたら、
二投目、
三投目、そして、
四投目のお湯が落ち切れば飲み頃だ。
その前に、
ややノビ気味のカップヌードルを啜った。
少し冷えた野外の空気に、
カレー味はキマる。
ズバズバと音を立て、
それは汁ごと、胃に流し込まれた。
辛い物を食った後の口は殆どの場合、
カフェインを求めるのではないか。
マグカップの湯面にうっすらと映し出された
豆の油が、期待感を掻き立てる。
啜ってから、ゴクリ、と喉を通った後、
僕は山中の空気全てを吸い込んで、
深く大きなため息をついてポツリと
もらす。
『はーっ、美味い…』
特段、
何かをなし得る必要も無いし、
特別な日である必要も無い。
まして、
誰かの悲しみや怒りを代弁する事も、
社会の歪みに憤る事も、無い。
僕がたった独りで、
僕という人間を謳歌する時間。
何をもって自分が満足しているかを測る事に、他人は必要ないのだ。
五感に耳を澄ませ、
震える感動に難癖付けず、
たかがカップ麺を美味いと絶賛し、
100グラム2千円の豆も、カレーには合わないと否定出来るなら、
こんなに幸せな事はないだろう。
そして僕は、
二口目のコーヒーを啜って
空を仰いで吐き出した白い息に、
冬の足跡を感じるのだ。
言ってみればフロントバッグの宿命、
ハンドルに引っ掛けてマウントする以上避けられないカルマだ。
よって、
バッグの形状をあらかじめマチの少ない構造にするか、もしくは、
マウント部分を工夫するなど、様々な方法でそれぞれに対処しようとしている。
しかしそもそも、
フロントキャリアがあればなんの問題も無いのに、たかだか小さなバッグ一つの為にロードバイクに重量物を付けようという気にならないという感情もまた、回避不能の現実だ。
そして、
このネイバーフッドのバッグ。
バッグ自体はしっかりした作りで、先端部から繋がれた紐をステムに引っ掛ける事でオジギを防ぐというアイディア。
しかし肝心のマウント部分はペロンと長めのマジックテープで貼るだけの仕様。
何という事だろう。
結局、せっかくのオジギを防ぐアイディアの紐もバッグの重さで切れてしまった。
調べると、
コラムスペーサーに挟んで使う、
スタイリッシュなフロントバッグサポーターなる物が三千円ほどで売っている。
しかし、これを使ってホントにこのバッグが落ち着くのか、いや、振動で結局使い物にならないとか、、
考える間もなく、
サポーターを自作してる人が多い事を知る。
しかも、百均で売ってるS型フックを曲げただけのシロモノ。
見よう見まねで作るけれど、
あまり綺麗には出来なかった。
まあいいか、外からは殆ど見えないし、
使えそうならスタイリッシュな三千円のアレを買うか…。
マウント部のベルトにもプラスチックのアジャスター(赤いマーカーの部分)を入れて、
ハンドルにしっかり引き寄せられる様にすればピッタリ留まるし、接着するテープの面積も活かせる。
もうぶら下がってるワケではないので、マウントについては、しっかり留まっていれば良いのだ。
さて、早速
試してみると、良い。
メチャクチャ良い。
こんな物で、こんなによくなるのか、
という程。
バッグはオジギしないどころか、例の紐にも殆どテンションが掛からず、なんならサスペンション的な効果もありそうで、
何より走っていて鞄が気にならないのはとても重要だった。
もうこれでいい。
いや、これがいい。
浮いたお金で、
椅子と椅子を入れるフレームバッグを買う事にした。
当然、三千円で買えるモノではないが、
『浮いたお金で買う』という言い訳は、
いつだって常に僕らの背中を押してくれるのだ。
会社から周年記念で貰ったコンパクトストーブ。
『湯沸かしオジサン』と揶揄されるコーヒーライドに以前から興味はあったけれど、
初期投資もそれなりやな、と悩んでるトコにストーブを貰ってしまっては、もう止まる理由はなくなってしまった。
そんな矢先、
ネイバーフッドとシムワークスのコラボグラベルロードが抽選販売されるとのストーリーを酔った目で確認。
併せて発売されるフロントバッグやキャンプ用品を見て、反射的にフロントバッグを注文してしまった。
自転車がシムワークスとのコラボなので、バッグもきっとシムワークス監修だろう、と思い込んでたのは勘違いの様で、
届いたバッグのマウント部はDカンすら付かないマジックテープだけの、
どう考えてもただ吊り下げる仕様。
バッグとしての質感や都会的なデザインは確かに良いのだけれど…。
まぁ、
とりあえず、
外でコーヒー沸かす為に必要な物を揃える。
?ストーブ(ミニコンロ)
?カセットボンベ
?クッカー(鍋的な)
?カップ
豆を挽くなら、
?ミル
?ドリッパー
あとは、
豆とペーパーフィルターと
お水。
クッカーは極力小さい物でいいし、
500ccも入れば十分。
モンベルのクッカーは軽く、シリコン製のドリッパーを巻きつけたボンベを中に収納。
クッカーと一緒に買ってしまったチタン製のカップは、これ以上ないサイズ感と保温機能が素晴らしい。中にカバーで包んだストーブを突っ込んで収納。
ミルもハリオ製で、今回はセラミック製の臼でなく、ステンレス製の物を選択。
切れ味が魅力で、サクサク削れる。
アイテム数は意外と少ないな、
と思いながら
全て鞄に詰めて五月山へ向かう最中、
とにかく鞄が前下がりにオジギをする。
ステムに引っ掛けるロープがあって、オジギしない様になっているのだけれど、テンションかかり過ぎて接着部が切れてしまった。
結び直して、
再びペダルを踏む。
登りや、急勾配の下りは、
多少フロントの重さが気になった。
アスファルトの展望台?について、
とにかく湯を沸かし始める。
こういったアウトドアグッズはもう洗練され過ぎていて、
何も考える事なくコーヒーを淹れる事が出来た。
途中、
エアジョーダン1MIDを履いた若い海外旅行者の男性3人が、日本のスナック菓子を片手に絶景に大ハッスルしてはしゃいでいたけれど、
その横で黙ってコーヒーを啜るスタイル。
…彼らが去った後で、もう一杯。
なんか、いい。
コレはいいぞ…
外で飲むコーヒー、しかも、
少し登ると、なおのこと良い気がする。
自分で淹れるという時点で完全なる孤独モード。それが良いのに、誰かに伝えたくなる良さ。
きっと、アウトドア用の椅子とかあって、場所を選ばずコーヒー淹れたら、さらに良いのでは…
しかしその前に、
このフロントバッグのオジギ対策だ。
調べればバッグサポーターは3千円くらいで売ってるけれど、
椅子もそれを入れる鞄も欲しいとなると、
お金は掛けたくない。
まぁ、一旦、
自作してみるか…
(続く)
]]>ロカビリー系のライブバー。
ステージの最前列で盛り上がるオジサン。
周りの客に煽られて調子付いてしまい、
ついにはステージに上がって
観客席を向いてペロリと舌を出した所を、
ベーシストの男性に突き落とされて睨まれて、コソコソ席へ戻っていったそのオジサンは、
あれから20年以上経った今でも、
『最もカッコ悪い大人』として、
僕の記憶の中で燦然と輝いている。
9月を迎えた最初のライドは、
箕面から妙見山を抜けて『あたご屋』で米粉のウドンを食べ、
山を下って、オープンしたばかりの『バッグヤード池田』でコーヒーを飲み、
河川敷をまっすぐ帰る。
100km、1100up。
そんなコースを引いてみた。
ロードバイクという趣味の年齢のボリュームゾーンは30代を超えてる気がするし、
自分の可能性に期待するより、
自分と向き合う事に重きを置くしかない、
そんな年代の人に向いてる気がする。
そんな事を考えていると、
先の『最もカッコ悪いオジサン』を、
ふと思い出したりするのだ。
場違いに舞い上がりペロンチョして突き落とされる…。
そうならない為には、
常に周りを見て、謙虚に、紳士的に接する事を心掛けなければ。
ハアハアと息を切らしながら修行僧の様に
坂を登っていると、
苦しさの裏で考え事を始めてしまうのは、
悪い癖かも知れない。
1000upした頃にバッグヤード池田に到着。
冷たいコーヒーが沁みるし、
自転車屋でありながらバリスタのいる素晴らしいショップで、フードも美味しい。
むしろ、自転車も扱っているカフェ、と言って良いかも知れない美味しさで、
サイクルジャージでも歓迎されている雰囲気は、場違感を完全払拭してくれて入りやすいし、ゆっくり出来る。
立地も猪名川の河川敷側で、五月山登り口という、自転車乗りにはこれ以上ない環境で、ついつい通ってしまう理由になる。
身体が冷える前に、
また走り出す。
猪名川の河川敷は、池田から大阪市内まで信号が無いというだけでもテンションが上がる。
この追い風なら、最後の淀川大橋南行き、PR更新出来るか。
そんな目論みを持って国道に入ると、
信号待ちで前に、ガチ系のローディーが2人。後ろの子はかなり若そうで、高校生くらいだろうか。前を引く彼は、大学生か、社会人か、二人のバイクと引締まる脚が、競技系である事を伝えていた。
とりあえず着いていくか、と。
信号待ちの度に、その加速に意識されてる事を感じながら、
いよいよ淀川大橋。
赤信号からの出発。
後続の車は無し。
俄然加速する2人。
いや、
僕は別に競う気はないが、
この追い風を味方に自己記録更新を狙いたいだけだ、という言い訳のもと、
手前の若人のスリップに入らず、
抜くか抜くまいか、と考えてると、
気取られてか『前へどうぞ』のハンドサイン。
その先には、ガチで速そうな彼の先輩?が。
…ココで引くのも、でもな、、
と悩む間もなく、行くしかないと、
煽られて、調子付いて踏込む。
グラフィカルなガーミンの心拍計は真っ赤に染まり、
BPMは190を記録した。
あいみょん的には恋してるレベルだが、
オジサン的には死に近づくレベルだろう。
追い風とドラフティング、
先頭の彼の油断もあって、追い抜いてしまい、
その先の車線減少でハンドサインを出して、
橋を渡りきった信号待ちで停車した。
ほどなく、後ろから来た彼は開口いっぱつ、
『いやー、ヤラレちゃいましたね(笑)』と。気持ちの良い青年の言葉に、
いや、君の油断が無ければ確実に追いつけなかったよ、と心中に思いつつ、
あ、つい頑張っちゃって…、とテヘペロして見せた。
その後、少し彼らと話しをして、
じゃ、気をつけて!とお互い手を振って僕らは別れ気付く。
ん?
煽られて?
調子付いて?
テヘペロ…
僕は今、あの『最もカッコ悪い大人』になった瞬間を
迎えたんではないだろうか。
どうか、あの二人が、
『あんな大人にはなりたくないね』
と思ってない事を祈るが…
無理か…、流石に…。
格好良く、美しく歳を重ねたいと思いながら、
こうしてワケの分からぬ自己顕示欲に悩まされ、
僕はまたサドルに跨る。
思い出す度に胸がチリつく過去、後悔。
そんなモノが多いほど、
きっと僕が、
その時の僕を超えている証拠だと信じたい。
だが、
彼らの胸の中で、今日の僕が、
『最もカッコ悪い大人』
として、燦然と輝いてしまう事だけは、
きっと避ける事は出来ないのだろう。
完成車の殆どが、ディスクブレーキになった昨今。
リムブレーキの未来はどうか。
性能は及ばずとも、
軽さについては、圧倒的に有利に思える。
いつの時代も、リスキーでクレイジーな奴はヒーローだった。
『見ろよこのロード、リムブレーキとか本格的だな!』と、
いつか、少年達に言われる時代が来るかもしれないと考えるのは、些か絵空事にも思えるかも知れないが…。
週末は、
記録的な雨が降った。
待ち望んでいたRapha prestige熊野は、
台風と梅雨前線のタッグに持ち去られ、
実際、当日の天気は回復しても、各地で崖崩れや大阪南部から和歌山への林道、河川敷は、影崩れと氾濫の重ダメージを受けていた。
Rapha prestigeの運営陣には、早々の賢明な判断に頭が下がる。
とはいえ日曜、
晴れ間は訪れた。
空白の週末。
台風一過。
心地よい風と突き抜ける青空。
サイクリストとして、
この瞬間を逃してはならないと
集まった、二つのチーム。
まぁ、結局ウチワのメンツには違いないが…
それでも新しい出逢いもあった。
初めまして、と挨拶し、
7人で走り出す。
elusive チームと、
Kinfolk bicycles。
両ジャージをデザインするのは、
elusiveのオーナーでありデザイナーの
コーちゃん。
彼のデザインはシンプルでありながら
強いメッセージ性を持っていて、
実際、
全く違うテクスチャでありながら、
どこか同じ、
似て非なる、そんな二つのジャージが肩を並べて走るのは、
最後尾を走りながら見ているだけで、
なんだか嬉しいものだ。
そして、
あの prestige若狭で共に走ったマンタ君と、
今回一緒に走れるのは感慨で、
何より、彼が前回の借り物でなく、
『自分のKINFOLK』で参加してくれていた事が、僕は何故か嬉しく感じた。
ヨッシャンとソウ君は、こういったイベントをサクサク提案して実現してくれる。
そのスピード感は、手前味噌と言われても、
僕は天才じゃないかと思ってしまう。
ざっくり100km1500upくらいのコースがええな、と希望を言うだけの僕は感謝しかなく、
それに加えてリュドラガールの晩飯付きとなれば、、
これはもう、楽し過ぎるはず、だった。
葛城山に入る。
比較的登りやすいルート。
それでも何度も何度も何度も何度も繰り返すツヅラオリ。
横に走る誰かがいなければ、ただ辛いだけだったかも知れない。
元ラファ店員であり、
ロードレーサーのジンノマン。
そう、昨年剣菱ライドでリーダーを務めた彼は、elusiveのジャージに身を包み、この日唯一のディスクブレーキで、
余裕で、僕の横に並ぶ。
その隙を間髪入れずに、コーちゃんが軽やかなダンシングで前へ出る、そして差をつけた上で、ヒュンヒュンと登る姿に、羽根でも生えてるんじゃないか、と見間違う。
彼の駆る、今は絶版となったクリスキングのフレーム『シエロ』は、デザイナーらしく
絶妙なコンポーネントの選択で、時折リムやフレームに木漏れ日を反射させ、美しく輝く。
速さは、僕にそれをさらに神々しく魅せるのだった。
最終的には85km1700upとなったライド、
ソウ君の絶妙のコース選択もあり、
僕らは無事に走りきる。
途中、崖崩れや通行止めも多く、
ホントなら、もっと良いコースを選べたと思うと、ソウ君も悔しいとこだろう。
きっと、彼のリベンジライドも近いうちに開催される事を僕は願っている。
終始。
終始バカ話しをしながら走ってた気がする。
初めてあったelusiveのタケノウチ君とも仲良くなれたし、まぁ、マンタ君のトークの才能は磨きもかかって、
これはもう、
日の高いウチからビールが美味い。
お楽しみの晩御飯。
リュドラガールのコースが振る舞われ、
リュドラ初体験のタケノウチ君が
『いや、記憶無くなる程美味いと聞いてましたが、確かに…』
と満足そうで、
僕の記憶は無くなりかけていたけれど、
誰かと走る楽しさと安心感。
その中でしか得られない特別な景色がそこにあることを反芻し、
きっとそれはRapha prestigeが伝えようとしてるソレだと改めて思う。
撮影した写真を見れば、
全て鋼のフレームで、ほぼリムブレーキだった。
新しさも特別も、自分で選択すればいいと思う。
いつか、見知らぬ少年が僕の自転車を『このロード、古いヤツだな、リムブレーキだし』と笑ったら、僕はこういうだろう。
いいか少年、
選択出来る事こそが自由だ。
そうして辿り着いた場所こそが、
自分が選んだ場所なんだ、と。
今の僕なら分かる気がする。
ここは選んできた道の真ん中で、
同じ様な選択をした連中が、
交差して見せてくれる景色を共有できる。
だからこそ、
チームは素晴らしい。
勝手知ったる仲間内、でも、
車輪を並べ息を切らす。
それぞれの選択を、
それは認めあっている様に、
僕には思えるのだ。
自転車に乗りたくなるし、
自転車に乗ると、
新しいウェアが欲しくなる…
そろそろビブを新調したいと思ってる方も少なくないのではないだろうか…
そこで、お節介ながら
PAS NORMAL STUDIOS(以下PNS)
とRapha、どちらのビブにするか迷ってる方の参考になればと思いながら、
主観による主観に満ちたレポートを。
昨年の秋口、ダイエットのモチベーションを上げる為PNSのメカニズムビブを購入したのだけれど、
比較するにも手持ちのへたへたプロチームビブではあまりにラファに分が悪かろうと、
同時に新品のラファプロチームビブ(グレー)も購入。
カードの請求書を見るや、僕は何をやってるんだ、と、うつむき加減になるが…
結論から言えば、
両者共に素晴らしい、でも、サイクルビブに問われる機能への解釈の違いを感じた。
さて、そんな二つのビブをさっそく比較していきたいと思う。
?素材感
PNSメカニズムビブは、独特のハリ感のある素材にチェッカープレート(工業用の鉄板にあるX型のエンボス)の様なパターンでズレ知らずのコンプレッションな吸着感と、
手に取った時に感じる圧倒的軽さ。
対して、
ラファプロチームビブは、シルクの様な滑らかな肌触り。
着ている事を忘れる一体感がある。
?重量
身体に密着するので体感的には重さを感じ難いかも知れないが…
実測では、
ラファプロチームビブが179g、
PNSメカニズムビブは172g。
ちなみにラファのクラシックビブ(旧モデル)は204g、今やディスコンとなったライトウエィトプロチームビブでも174g(両者実測)なので、
PNSのビブは圧倒的軽さと言っていいと思う。
?肩紐と裾のグリップについて
PNSの肩紐は、ぐんっ、と伸びるのに硬さのある不思議な素材感でバチンと身体に張り付く感じ。裾のグリップも履く際に折り返さないと肌に引っ掛かる程強く、相まって全体的にコンプレッションなイメージ。
かたや、
ラファの肩紐は柔らかく伸びるメッシュ状で通気性の高い生地。それでいて、身体に吸い付く様にフィットする。裾は生地面積でグリップしてる様な包み込む一体感。
もうこれは好き好きだけど、
個人的にはラファの方が好みで、でも、
PNSのコンプレッション感は気合いが入る感じでこれもまた良し。
?パッドについて。
上質な低反発座布団に座る様なPNSと、
尻に張り付いてサドルと一体化する様なラファ。
ちなみに、男性なら皆気になるゴールデンボールポケット(GBP)の在り方も、
隙間にチュルンと滑り込んで溶けて行く様なラファと、
座面にポトリと置いて鎮座させるPNS…。
まさに解釈の違いで、
これもまたご自身のGBやスティック部分そのもの
のサイズで大きく評価が分かれる所だろう。
どちらにせよ、
新品の状態でも100km走ると、
等しく尻は痛かった。
?デザイン
似て非なる、といった感じ。
両社ともシンプルで無駄を省いた、ミニマムかつ機能的でスタイリッシュなデザイン。
ただ、
ビブについて言えば、
より機能美を感じるのはPNSで、
ケレン味無くオーソドックスという点ではラファだと思う。しかし、
シンプルになればなる程、他のブランドは先駆者であるラファには勝てないと感じてしまう。
それは、デニムにおいてリーバイス501がいつの時代も特別である様に、
サイクリングジャージをファッションとして昇華させた功績は大きいし、
その点においてラファは他の追随を許さないと思う。
そういった意味でも、
一本は持っておきたい、という点では、
ラファのプロチームがお薦めだ。
サイクルジャージがファッション?!と思う方に簡単に述べるとしたら、
Rapha以前は『レーパンでコンビニ入れれば一人前』という自虐にも近い認識があったのに、
Rapha後は、むしろサイクルジャージ姿でコーヒースタンドに入るのはカッコいいかも知れない、という認識(主観であっても)に変わった事は間違いなく、また、
その波に追随する形で登場したのがPNSなのは、消費者的には間違いのない事実なのだ。
例えそれが偶然だとしても。
(余談だがプロチーム2になる前のプロチーム1のパターンはプロチームトレーニングビブに受け継がれている様で、大変リーズナブルだと思うし、欲しい。)
さて、
結論は先に書いた通り、
等しく素晴らしいビブでありながら、
明確なアプローチの違い(特にGBP)を感じるという点。
同ブランドのジャージと合わせて最高のパフォーマンスを産むというPNSのビブは腰深く、実際、同ブランドのトップスはかなりハイウェストな印象を受ける。この完成された独自解釈の機能美と、結果、脚長効果も期待出来る(故にか女性サイクリストに人気な気もする)。
逆に、
ビブとしても最高レベルの履き心地でありながらオーソドックスでトップスを選ばない懐の深さを持つラファ。
トップスは友達と作ったオリジナルジャージや、お気に入りのブランド。でも、ラファのビブなら自然にマッチして、パフォーマンスも最高。
選べない。
選べないので二本買うべきかも知れない。
後は領収書を見つめて項垂れるだけで
問題解決といいたいが、
迷うがそこまで散財出来ないと思えば、
余談で述べた、
プロチームトレーニングビブが最適解という気もしてくると、
夏に向けまた僕の財布の紐は、
変に弛みそうになるのだ。
]]>街は12月を迎えようというのに穏やかな日差しが続くので、
油断していたのかも知れない。
突然、
冬はその訪れを主張する様に切り付け、
俺はココにいるぞ、と言わんばかりに冷気を吹き付けた。
それはサイクリストにとって、招かれざる客といったところだろう。
そういえばあまり寒い日に走った事がないよな、とソウ君とそんな話しをしてた所で、
冷え切る前に走ろう、と彼の導く和歌山方面へのライドを決行した。
店を出発し、
和歌山へ抜けるトンネルまで
おなじみの登りが続くけれど、
CXに履かせた極太36cタイヤのエアボリュームと、
誰かと走る高揚感が、
やたらとバイクを前に進ませる。
楽しい。
はしゃぐ僕に苦笑しながら、
ソウ君は和歌山のルートを案内してくれる。
泉南から和歌山へのトンネルを抜ければ、
直線基調のくだりで、スピードメーターを見る間も無いほど速度が上がる。
極太タイヤは降りで頗(すこぶ)る快適で、デリケートな路面でもナーバスになる事はない。
コーナーから垣間見る景色は美しく、さらに心は昂った。
そこから、使われなくなった旧国道。
旧国道を走るルートはサイクリストには定番、
社会構造の中で忘れられた、
過去の遺産を僕らは有効活用してるのだと
嘯(うそぶ)いて笑う。
人も車も通らない、なのに整備されたその道を、
その悦楽を享受するのだ。
漫画『シャカリキ』の主人公が少年期にチャレンジした一番坂の様な坂が何度も繰り返す。次の坂が現れると、あ、デカいな、きっとさっきの坂が二番坂やな、と笑いながら僕らは次の坂へ加速する。
集落を抜け、
山を登る山道がガードレールもなく、これがまた最高だ。
干し柿のシーズンも終盤の高所地帯へ登り切ると、少年が大きな柑橘を売っていた。
サコッシュがあればきっと買っていただろう。
和歌山から大阪府へ戻り、
その瞬間にそれはきた。
峠を越え、下りが続く。
ちょっとした休憩ポイント、さすがに身体が冷えてしまった。
僕はブラックのコーヒーを飲んで暖をとったが、ソウ君はそれで大丈夫か?と思っていたらしい。
案の定、
ゴール近くのなんでもない峠で、
いや、そこに近づくにつれ、
脚は回るが、
全身を襲う倦怠感が来る。
なんだ、この疲れは。
ギアを落とし、こまかく刻め。
それでも直ぐにくる疲労感。
深呼吸を繰り返しても、身体が反応しなくなる。
深い海に堕ちていくのは、きっとこんな感じかも知れない。
『きゅ、きゅうけいしよ』
堪らず吐き出した言葉。
その先で頂上なんで、そこで休みましょう、
と返すソウ君。ありがたい。
でも、そのちょっと『そこ』が遠い。眠い。
眠くなる。頂上に着くと僕はヘルメットの額をステムのつけ根に乗せて、
うとうとしながら、
『しんろい…』と言葉にした。
ソウ君が僕の異常に気付き、甘い飲み物を買いに峠を降っていった。
…陽だまりに僕はどかりと座って、ソウ君の到着を待つ。
まさか、これがハンガーノックか。
ぐうぐう鳴く腹は、痩せる前兆であることも間違いないかも知れないが、
自転車は無常にも全てを削り取っていく。
しばらくして戻ったソウ君は
ココアとコーヒー、どっちがいいです?と二本のドリンクを差し出してくれた。
受け取ったココアは、この世の物とは思えない美味さで、
僕の全身に染み渡っていく。
一本で足りず、コーヒーももらう。
染みる。
変な声も出る。
…助かった…
と心中に独言る。
不甲斐ない僕の為に坂を降ってくれたソウ君には感謝しかないし、
もう何年も缶のココアなんて飲んでなかったけど、なんだ、メチャクチャ美味いな。
減らず口を叩けるくらいには回復し、
どうにかソウ君の店まで戻る事が出来た。
死ぬほどシンドイ思いしたのに、
もうビールが飲みたい。
さぁ、早く着替えてお好み焼き食いに行こう、
と言うと、恭子さんが僕の腹を見て目を丸くくする。
『え、何そのお腹…』
きっと僕の腹にはビールの妖怪でも棲みついていて、
でもそれは突然ではなく、
日々少しずつ重ねられ、主張をはじめる。
たまらず鷲掴みにしたソイツは醜い皺を携えて、ヘソから僕を見上げて宣うのだ。
俺はココにいるぞ、と…。
『パパ、毛、薄くなってきたね。』
冬休み、
僕の肩を揉む息子の、忌憚ない言葉が
胸を締め付ける。
そんなバカな。
…いや、まさか…
サイクリング・キャップ、か。
現実を直視出来ない大人は、
常に何処かにそれなりの理由を見出し、
自分を納得させようとするモノだ。
だが、
腹を見ろ。
仮にサイクリングによって薄くなった髪が、比例して、たっぷと腹部に付いた贅肉を削ぎ落とした結果なら、まだ納得も出来る。
しかし悠々と、掴めるこの肉はナンだ…。
『理不尽』とは正にこの事。
到底赦すなど出来ないし、むしろこの際、
自転車に使う全ての時間と金を育毛に費やした方が、
まだ納得がいくのかも知れない。
『パパ、毛、薄くなって』
だまれ。
パパには今、やる事があるのだ。
もはや、頭髪の為ではない。
頭髪が無くとも優れたサイクリストはゴマンといるが…
ふくよかなワガママボディのサイクリストに、良い印象はあまり無いだろう。
敵を見間違うなよ。
ひとりごちて、新年を迎えるこの寒波の中、僕はサドルを跨ぐ。
凍てつく空気はその決意を歪めようと、
耳にざわつく強風で煽り立てる。
だが、
腹は決まった。
いや、
腹が出過ぎたのだ。
この腹を少しでも、あの頃の、
せめて、
サイクリストらしいボディに戻したいモノだ。
サイクリストにとって、防寒具はいくら身に纏っても良いルール。
厚着して出発すれば幾分か気持ちを励ましてくれるが、後に重石となってぶら下がる。
かといって、薄着で出発するなら、本気にならなければいけない。
ジレンマの中、
あえて言えば、
先日、外通で買ったジロのグローブは、
見た目から想像出来ないほど快適だった。
確かに、汗ばむ時もあるが、
それよりも、
基本指が冷え切る事もなく、
また、汗ばむと、ほどよく湿気が外に排出されるのを感じるのだ。
…見た目1290円くらいの軍手のくせに…
そう心中に呟き、
僕はブラケットを握りなおす。
ウェアの機能というのは、
思うよりポテンシャルも、
モチベーションすらも引き出すモノだ。
寒気の中、指が動く。
それだけで、
下りコーナーも怖くないし、
走りに集中出来るのだ。
機能的なインナーがあれば、
冬のライドは露天風呂の様に快適というが、
下りになれば、
真冬の露天風呂の洗い場で、
時おりお湯をかけて身体を温め様としてるに他ならない。
そんな環境でも、
指先が動くというのは、とてもありがたく、
自分がまだ走れるのではないか、
そんな気にさせてくれるのだ。
またコーナーが迫る。
手前でレバーを握り込み、
クリッピングポイントを過ぎる前には解除する。
そのスピードの代償に、
僕は自転車を深く寝かした。
火照った心を冷気が切り裂く。
誰に語る必要もない満足がそこにある。
ウチについて、
ヘルメットを脱ぎキャップを取る。
もしそこでまた、
僕の頭髪がハラリと去っていったとしても構わない。
いや構うかも知れない。
でもそこで、取り引きが成立している事に気付くのだ。
痩せる為にする運動は山ほどある。
でも、
日々の自然の移り変わりを、ここまで興奮に変えてくれるスポーツが他にあるだろうか。
春夏秋冬、その美しさの中に自分を投影出来る。
痩せたい。
なんなら、
ハゲたくもない。
しかし、自転車はそんなワガママに
耳をかす事無く、そこにあるだけだ。
変わらぬ魅力を纏い続け、
僕の頭髪を抜き去っていく。
ライドの後の酒は最高で、
僕の腹は萎む事を知らない。
それでもいい。
いつのまにか、
何かの数字を追い続ける事に夢中になってペダルを回していないか。
そうであってもなくても、
自転車は、変わらずそこにある。
サドルに跨るその理由は、
ごまんとあるのだ。
時速48.2km。
コース中、唯一舗装された区間。
高速ストレートに先頭で躍り出た僕は、
ガシュガシュッ、とブラケットのレバーを押し込み身を屈め、重くなったギアを一気に踏み込んで、その速度域まで加速した。
引き離すんだ、と独り言ちるより速く、
右から激しい息遣いが追越しにかかる。
その蒼いピストはスリックタイヤで
S字コーナー手前、僕の前に出た。
時速50kmからのブレーキ勝負。
彼は、
イナズマの様にスキッドを決めて減速するが、曲がりきれず、
コーナー出口でアウト側の特設フェンスにぶつかりながら加速する。
フェンスは、真後ろにいる僕に向かって倒れてくるけど、
肩にぶつかってくるフェンスを左手で払い除けながらも笑いが込み上げ、思わず、
『カッコええやん!』と、
賞賛にも似た負けん気を吐き出して、
芝のギャップを軽くジャンプし、僕は彼に追い縋ったのだ。
バイクロア堺。
自転車の運動会と文化祭をミックスした、誰でも参加出来るイベント『バイクロア』。
大阪堺では二回目の開催となる。
ソウ君が教えてくれなければ見落としてしまっていたけれど、
子供にも優しいという点において、
我が子のレース初参戦にはウッテツケだと思った事も、参加の決め手になった。
いざイベント会場に着けば、
飲食や自転車関係のブースがテント村の様に乱立し、
ライブペイントや、自治体の消防団のイベントブースなど、リーガルでイリーガルな文化の交わる面白い空間がそこにある。
子供らは無邪気に、ライブペイントのお兄さんと一緒に絵を描いたり、
消防団のテントでピンバッジを作ったりとボーダーレスに大はしゃぎだった。
傍ら、
いや、傍らじゃないな、娘はメインの『キッズロア用コース』をガンガンに走り周り、楽しそう。
息子はそのまま当日エントリーでハイジュニアレースに参加。
当日エントリーが容易いのは素晴らしい。草レースの基本だと思う。
参加人数も少なく、運良く2位となった息子だけれど、
大人と同じコースを20分強走る普通のシクロクロスになっていて、相当しんどい事は想像に易い。
ゴール後、思わず抱きしめてしまった。
よくやった、父さんは誇らしい。
その後、
昼一で漢字検定を受ける息子と娘を一旦自宅へ送り返し、
僕は自転車を積んで、再度会場へ。
夕方のワンショットレース(一周だけの短距離レース)にエントリーした。
当日エントリーが多く30名ほど?まで増えたとかで、予選と決勝に別れる事に。
予選では、その日の優勝者とデッドヒートを繰り広げ、2位で敗退。
もう終わりかな、と着替えてるとソウクンから電話が鳴り、敗者復活戦でゼッケンを呼ばれてると。急いで、チノパンにTシャツで再参戦。
皆予選2位通過の人ばかりで速そうだ。
スタートして、夕暮れの西日が差し込む木々の間を駆け抜けるのだけれど、これは気持ちがいい。
折り返し、先頭のまま舗装路に出ると、
僕はギアを上げ、差をつけようと試みたところに、
追い縋る蒼いピスト。
ブレーキング勝負に負け、先行する彼がなぎ倒すフェンスを払いながら、
『カッコええやん!』
と口角を上げて叫ぶ僕は思わず次の段差でホップしてみせる。
ギャラリーの歓声が聞こえる。
テンションが上がる。
そうだ、コーナーでは流石に機材差でコチラに分がある。次のクランクで、外から刺すのだ。
ここだ、
と、意を決してハンドルを捩ったあと、
気がつくと僕は宙を舞い、
突き指しながら、
前頭部を地面に打ち付けていた。
どう転んだかも分からないけど、
久々のクリンチャーを捩り過ぎたのか、
ホイールとタイヤの間に草を噛みまくっていた様だ。
少し間をあけ、
陽に染まり、あっけに取られる僕を、
後続が追い抜いていく。
踏み込んだペダルは重く、
負けたな、と自嘲して僕はゴールした。
結局、決勝は初戦のイケメンと、蒼いピストの彼で一位二位を争い、イケメンの勝利。
『なるほど、という事は、僕が実質3位やな…』と呟いて、ソウ君に怒られた。
ブルーラグ主催のワンショットレースは、
主催者側は緩く、
参加者はそれを理解した上で、
熱い。
このバランスこそがストリートなんだと思い知る。
金払えば主催者まかせ、という参加者の多いレースがほとんどで、それはひとつの正しさだけれど、
やはり、主催者も参加者もお互いの立場を考える事が楽しさの軸であり、
そもそも、レーススタートの号砲を撃つスタッフとレーサーが記念写真を撮るような、
こういうのが、いいんだよな、と思う。
ふと気がつけば、
この日、沢山の知人友人に会った。
もちろん、自転車で知り合った友人ばかりで、
ミウケンご家族をはじめ、
普段から会うムーブメントの皆んなや、
オーシャンに出入りしてた人達、
ETの面々、
あ、そういえば、
テルテルで買った息子の自転車を作ったメーカーの人も偶然来てて、写真撮られたし、
息子2位でした、って言ったら喜んでくれた。
面白い偶然(笑)。
当日会えなかったけど、
会いたかった人達も沢山来てたみたいで後から連絡もらったりして。
ピストムーブメントの熱がまだ、
そこにある。
それは、
競技自転車とファッションの、
リーガルとイリーガルの、
メインカルチャーとサブカルの、
クラシックとハードコアの、
邂逅。
文化の交流は素晴らしい。
同窓会なんかじゃなくて、
その熱は、そのままそこにある。
イナズマの様に、
後輪を引き摺り、
時速50kmから制動をかける
蒼い閃光。
ローカルを愛するという彼は
どう見てもまだ若者と呼べる年齢で、
10年以上前に編み出された『スキッド』をここまで操る若者が、今いる事に感謝し、
その残光が、
また次の道を照らし出すのだと、
信じてやまないのだ。
iPhoneの振動で目を覚ます。
休みだというのに、早起きしなければ。
久しぶりのライドイベントだ。
絶対遅刻出来ないし、それなら、
早めに行って集合場所近くのスタバに早目に着いてマッタリタイム、
のハズが…
尼崎で乗り継ぎをウッカリ見落とし、まぁでも新快速なんで新三田行くわ。と眠りについて三ノ宮で目覚め…『三ノ宮…?あかん、姫路行き乗ってるやん…』
同時刻発の新快速で乗り間違えた事に気がついた時には遅く、
このイベントのオーガナイザーでもある、
ヨッシャンにすぐ連絡。
返ってきたのは、
『ギリ間に合うかもやから、到着までに用意を済ましておくべし』
との指令。
いや、電車ん中で着替えるのハードル高いで…。
…正面の座席に座る女学生が、逃げるか否か、
ソワソワする中、
なんとか、
サイクリストなスタイルに着替え集合場所の新三田駅のスタバに着き、
ライドの説明中に『遅くなってすみませ〜ん』と、
大人として最低な登場をしてしまう。
イベントの内容は、
500年の歴史をもつ蔵元、剣菱酒造の日本酒『剣菱』。
その造酒に使われる酒米、山田錦を作る契約農家の田園をロードバイクでなぞり、
六甲山を越え、神戸市は東灘区の酒造所を目指すライド。
新三田を発し、
美しい風景の中を駆け抜ける。
晴天、流々と流れる川、伸びやかな田園。そして、
秋の冷たい風が時々に混じりあう。
思わず飛び出しそうになる声を飲み込んで、
それはペダルを踏む力に変わる。
そもそも、
剣菱契約農家は三木市にあり、
ライドのゴールとなる酒造所は神戸市にある。
今回、
その神戸市と三木市の垣根を越えたイベントを実現するのは神戸観光局単独では難しく、
そこで、ヨッシャンの『人を繋ぐ力』が、
Raphaまで巻き込んで、
このイベントを実現する事となった。
ふと、駆け抜ける田園の稲穂が押し倒されてる事に気がつく。
本日のライドリーダー、ジンノマン氏と、これは台風の被害かな、なんて話ながら、
休憩ポイントの公民館に到着。
そこで剣菱4代目蔵元の白樫政孝さん(Raphaのウェアで登場!)より、山田錦、また酒米の歴史についてとても面白い話を聞かせて頂く。そこで先の、押し倒された稲穂は、食米に比べ一回り大きい酒米は、その重さで稲穂は項垂れていくと聞く。要は、あれが正しい姿だと知り、さすがに舌を巻く。
公民館に集まって下さった農家の方に手を振り、
グラベル交えた六甲裏ルートで登りはじめる。
グラベルに入ると、
モトジさんの"案内"に着いていくのに必死だ。
その後をひいひい言いながら追いかけて、
山頂の六甲サイレンスリゾートに到着。
最高のロケーションと竹スミを使ったキーマカレーに、登頂の疲れも忘れて自転車談義に花を咲かせる。
そこからはもう、ほぼ降りで、
獲得標高1000mから、かなりの急勾配をジンノマン氏の牽きで危なげなく降り、
山の麓の住宅街を走る。
人ひとり通れるくらいの狭路を、
先の確認をしながら声を出して走る彼の背中は、
中々に安心感がある。
そして、左折した狭路の先、
右手の水路に大きな水車を見た。
…遠い昔、
六甲の山脈を駆け降りる水源を利用して菜種油を挽いてたという歴史。
そして、
その水脈に、
三田の田園より流れ出るタンパク質が、神戸の海に滋養を与え、
豊かな漁場が出来たと言う歴史に、
一瞬、心を奪われる。
『なかなか、
こんな水車見れないですよね』
…誰かの言葉に僕は我を取り戻し、
まもなく、
剣菱酒造へ到着。
恥ずかしながら知らなかったのですが、
この辺りは、白鶴や菊正宗など、有名な酒造が軒を連ねる。
住宅街を走ると、ほんのり酒の匂い。
その中に、ドカンと現れる剣菱酒造に到着。
早々、神戸産のレモネードに、
神戸のミネラル水を頂く。
クラフトビールみたく、ステキなラベルの貼られたレモネードが、乾いた身体に効く。
ライドはここで終了。
新三田で預けた荷物はサポートカーが運んでくれていて、自転車は、
わざわざこの日の為に作って下さったラックに(翌日もイベント参加の方はそのまま蔵で預かってもらえました!)、飲んで帰るなら自転車を預けるか、輪行での帰宅となるので、安心して試飲出来る。
自転車降りてスニーカーに履き替えた時の解放感は言葉にならない。
縛りから放たれる為に走っているワケでないのに、僕らは何を求めてペダルを踏むのだろう。
再び剣菱四代目からの酒造の歴史説明と、工場見学。お話が楽しく上手で、
疲れた身体でも聞き入ってしまう。
もちろん、試飲会も楽しみだ。
効率化と保守。
何かを守るには変えられない事がある。
例えば剣菱がワンカップを作るとなれば木製の桶ではコストが合うワケもなく、
アルミ樽で醸造する事が、消費者的にも正しい選択だろう。
そうやって、
ほとんどの商材は人に寄り添ってきた。
それが間違いとは到底思えないが…
でも、
市場より、あるべき味を守るというスタイルに、激しく共感してしまう。
流行り廃りでなく、
本質であり、いつもそこにあり、
帰れる場所でもある。
スケートボードやストリートピストが、
流行りであってもなくても、
その楽しさが変わらない様に。
鋼鉄のロードバイクが残り続ける様に。
そこに在り続ける。
一口飲んでみると思わず、美味い、
と声を漏らす。
さすがに米の生産地、生産者と携わって、その熱を感じてからのこの酒。
美味いに決まってる。
日本酒の苦手な僕が、サッパリ飲めると思ったこの味。
デイリーでも特別な日でも、
あぁ、おでんや惣菜に合わせたい。
そう思う前に、なんと、
フジッコのやり手営業マン(女性)
が自社惣菜を手土産に乱入(笑
)。『サイクリストのイベントがあると聞きまして…』
と、極上のツマミを用意してくれるモンだから、
ついつい飲み過ぎてしまいそうになり、ジンノマン氏の『モッツさんおさけ強いんですか?』の質問を、
『ワ投げ強いんですか?』に空耳して勝手に大爆笑した時点で、
自分ヤバいわ。
と、気づき、
酔いすぎる前に撤収。
お先失礼します!
下げた頭をあげると、
参加者やスタッフの人達の満ち足りた笑顔が忘れられない。
しばらく、
グループライドなどしていない。
ワリと我を忘れるタイプの僕は、
あまり協調性があるとも思えないし、なんとなくグループライドを避けていたけど、
まったく知らない人達との、
どんな会話より、見て取れる全てが、
共感となり、全能感にリンクする。
気持ちがいい。
この日ペダルを踏んで、最初に思った喉から飛び出そうな興奮が、
グループライドの本質かも知れない。
きっとまた、
新しい自転車ブームが到来し、時代が新しい何かを産んで、やがて飽きられて、廃れる時がきても、
それでも僕はペダルを踏んでいられるだろうか。
でも踏んでいたいと願う。
その先には、やはり同じ様な人が集まり、また同じ興奮と感動を導くはずだ。
江戸時代より流行りに流されず貫いた剣菱の日本酒を美味いと感じる様に、
本質は変わらない。
流行り廃りは確かにある。
それでも、
自分の本質は分かっている。
誰かに寄せる事よりも、
自分らしくあれば、
また誰かと、その感度を共有出来るのだと、
手土産に頂いたこの日本酒が、
今夜も僕の喉に沁み込むのだ。
ステップアップの為の転職。
という、常套句を引っ提げての転職活動に、良いカタチでピリオドを打つ事が出来た、ところまでは良かったが…。
この歳で新しい環境というのは、
思ったより辛い物がある。
ノロい僕のエクセル捌きに舌打ちされながら、それでもどうにか、くらいつこうとする。転職は、職場が変わる事じゃない。
変わるのは、僕だ。
そういえば昨年末、
前職を辞め、ガッツリ溜まった有休消化中に
ヨッシャンと、ソウくんに、別々に逢いにいった。
二人とも、何かと背負う責任が増えていて、
走る事はおろか、
会う時間を作る事も難しそうで、
僕は僕で、
新しい環境に身を投じようとしていた。
春は過ぎ、
梅雨を迎える準備を始めたころ、
僕らは思い出した様に、
走ろうか、と集まる。
久々に会って開口いっぱつ、
「モッツまた丸くなったんちゃう?」
と、ヨッシャン。
なってへんわ!(笑)、
とお決まりのノリツッコミを合図に、
僕らはヨッシャンが今、町おこしに深く携わる神戸は北区、大沢町を走りだす。
神戸市北区というと街の中かと思うけれど、
そのイメージとはかけ離れた山中の農村。藁葺き屋根が、まだ残る町。
サイクリストとして、これは最高の環境だ。
そこでヨッシャンは行政とタッグを組んで、
電動アシスト自転車を使った観光サイクリングイベントを発案。
何より、彼のライドスケジュールはバランス感が良く、早々に満員御礼となってしまうらしい。
そんなヨッシャンにアテンドしてもらいながら、
古民家をリフォームした彼の自宅に寄ると、
オシャレな貸事務所のような、ちょっとしたパーティー会場のような、
コワーキングスペースやキッチンもある、
和モダンを感じる居心地の良い空間に仕上がっていた。
実際、民泊も始める予定との事で、
デッキ付きの貸部屋が2つ。
街の喧騒を離れ仕事をして、
夕方にこのデッキで独り、泡でも飲んだらさぞ気持ちがいいだろうな、
と思いながら、邸宅を後にする。
50km、900upほどのルートを回る。
何度も小さなアップダウンを繰り返すウチに
獲得標高を稼ぐコース。
藪になっていたという沿道の雑草は、
キレイに刈り取られていて、
それも、ヨッシャンが「ここをコースにしますね」と行政を通して発信する事で、
町民の方々が伐採してくださったとか。
やはり、みな自分の町を紹介出来るなら、キレイにしたいと思うのだろうか。しかしその感情と、行動は尊い。
「ヨッシャン、仕事してんなー!」
思わずそう褒めると、
サングラスの下で誇らしげに彼は笑った。
なんだろう、アップダウンが小さすぎるのか、
辛いシーンはあまりなく、
何より三人ともずっと元気で、
ずっと笑い話をしては、走る。
会話が中心になりそうになると、
気持ちの良い道と景色がその唇を塞ぐ。
今までとは違う感覚に、
妙な安堵を感じる。
山頂を目指し、シングルトラック風の山道を抜け、そこを一つ乗り切って登り切る。
…あぁ、
展望台は、どこの山でも気持ち良いもんだな。と僕は独りごちた。
最高のルートももう終盤という時、
ヨッシャンが
「幹線道路か、不整地のグラベルみたいなトコ、どっちを走る?荒れててグラベルとは言えない感じでオススメせんけど…」と聞いてきたので、
そりゃグラベルやろ!と息巻いて望むと、
なるほど、
荒れたアスファルトをコンクリと土で穴埋めした、泥だらけでボコボコのコンクリを走破するライド。
ソウくんと僕は
「なにこれ…」「最悪系のヤツやん…」と口々に呟いてると、
「だからどっち選ぶってきいたやんけお前らー!」とヨッシャンが軽くキレるので爆笑しながら、
ゴールの三田アウトレット横のスタバへ。
30分ほど休んで、帰ろう。
と思ったけど、たわい無い話で、
あっという間に1時間。
いいだけ爆笑してから、
僕らは帰路についた。
居心地が良い。
居心地が良いのに、
ステップアップの為の転職?
本当に居心地の良い場所は
腰掛けなんかじゃない。
常にそこにあり、
僕に問いかけるのだ。
変わるべきもの、変わらないもの。
変わったな、
いや、
変わってないな。
自問自答しても出ない答えを、
並べた車輪が共鳴し、
音叉となって僕を調律する。
変わらない自分と、
仲間と。
ただ前に進ませる旋律を。
奏でる様にタイヤは
アスファルトを蹴って、
僕らは帰路につく。
居心地の良い場所はここにある。
変わっても変わらなくても、
全て受け止めて、
僕らは進むのだ。
ただ、息を弾ませながら。
日頃のシガラミから解放されている、と感じる。
路面がテクニカルな程
日常を離れ、
息が上がる程
自分が生きている事を知る。
自転車が独りでも楽しめる要因は、
きっとそんな部分ではないだろうか。
レース前日。
二人の子を連れて輪行し、
敦賀にある実家に戻る。
父親に、明日は4時には出る、と話した翌朝、早朝に起きてきて、車で送ってくれるという。
母親も起きていて、味噌汁とご飯を用意してくれていた。
会場に着き、
メンバーと合流。
ヨッシャンとソウ君は深夜に合流して若狭入り。
新メンバー、イケメンのマンタ君は前日入りして、現地で野営。
とはいえ、写真を見る限り快適そう。
とにかく、
僕はトイレに行きたい。
そう思いながらスタートラインに並ぶ。
時差発走だし、そもそも完走が目的という事で緊張なんか無いはずだけれど、
やはり秒読みされるとドキドキするモノだ。
約160km、3,000up。
スタートし、皆と同じ様に、
拍手と共に僕らは送り出された。
早朝の田舎道は、
思わず占有許可を取ってるんじゃないかと勘違いしてしまうほど快適で、
先の便意も忘れそうだったけど、
程なく登場したコンビニを見た瞬間、
ぶり返した。
突撃したコンビニのトイレはまさかの順番待ちで、下っ腹が軋む。
なるほどこれは、
おそらく朝の味噌汁が効いているな、
と独りごち、ニヤリと口角をあげてみせても、
額には脂汗が滲んだ。
トイレに入り、
「音姫」から流れる小川と小鳥の鳴き声。
事を済せ外に出ると、
ソウ君手製の洒落た朝メシを齧り、過ぎゆく他のチームの人達に手を振っているkinfolkチーム。
なんか申し訳ない。
さて、
いよいよレースの始まりである。
コース前半。
敦賀半島を水晶浜を臨む西海岸から周り、トンネルをくぐって東海岸へ抜ける。
ガーミンには、コース中、12回ある「クライム」が表示されている。
早々に一つ目のクライムに入ったが、まだ坂は緩い。
「でも前半は脚を溜めときましょう」マンタ君がいう。
今年最初の秋らしい風に思わず調子に乗りそうな気分を押し殺して、海岸線を走る。
学生の頃アルバイトしていた海の家、
もう20年以上経つので建物は老朽化してるけど、砂浜の景観は変わらないな、と思いながら、
心地好いアップダウンを駆け抜けて、敦賀トンネルに入る。
半島の先を貫通するそれは自転車で走れるトンネルとしては日本最長らしく、
なるほど、
どこまで行っても先が見えない。
前をゆく他のチームが大声を上げ、その声が延々コダマした。
夏のトンネルでの事故がトラウマになったのか、
僕はすっかりトンネルが苦手で
チームメイトに気持ちはべったり縋(すが)りながら、
ようやく見えた明かりに心底ホッとした。
もんじゅで記念撮影をして、
東海岸へ出る。
水際に面する道路から海面を覗くとまさにエメラルドグリーンといった色合いで、
ここが自分の故郷だと思うと誇らしい気持ちになり、だんだんとテンションが上がりだす。
既に4つ目のクライムを終わらせて、
休憩ポイントの気比松原へ。
「誰かにお願いして写真撮ってもらいましょう♪」マンタ君のコミュニケーション能力は頗(すこぶ)る高く、尻込みせず他のチームの人たちと関わる軽快な人柄で、それをきっかけに僕も会話に参加する。
そんな中「ウサギのジャージ、いいですね」と先々で褒められて気分が良いし、
他のチームの人達も遠方から来られたチーム、
揃えたジャージにストーリーのあるチーム、
色んな人達が参加していた。
今回、
新型コロナの影響でアフターパーティーが
中止になってしまったが、
この手のイベントの醍醐味はこういった交流にもあるのではないか、と思った。
休憩もそこそこに、
敦賀市内をゆるりと駆け抜ける。
旧木崎通り。
学生の頃よく走っていた道を、今の仲間と走るのは気恥ずかしい様な、くすぐったい気分だ。
照れ隠しで、僕の懐かしくもショーモナイ猥談を披露してみたりしたながら、
程よいペースで黒河川をまで抜けて、
第六のクライムを前に一旦休憩。
20kmのグラベル(未舗装路)を含む、
コースの前半のクライマックスである。
ここで、
ビストロで厨房に立つソウ君手製の
ケークサレを齧る。
チョコ味とコーン入りの塩味と、
ライド中に欲しくなる味を、さすがよくわかってる。
黒河川(くろこがわ)といえば中流でバーベキューをした思い出くらいで、まさかその先があるなんて。
その先。
ついに、ラファプレステージの代名詞といって良いグラベルライドが、ふいに始まった。
いきなりの玉砂利道に、サドルを降りて通過するチームもいて、ソウ君に「降りる?」とクリートを外しながら振り返ると、その横をぶりんぶりんと乗車して追い越していった。
よし、とばかりに、僕も負けじと踏む。
だが先は長い。
緩い斜面でもギアをインナーローに入れるが、
僕のロードバイクのギア比ではそれでも高すぎて、サドルから少し腰を上げれば即スタックしてしまうので、
思ったよりも難しい。
それでも、なだらかな林道を小石を跳ねながら走るのは、吹き抜ける冷たい風と相まって
すこぶる気持ちが良い。
マンタ君と、サイコー、サイコー!とハシャギながら林道を駆け抜ける。
斜度が上がり始めたグラベル路には、
数メートルおきに路面侵食防止ゴム板が設置され、
それ自体は踏み付けて越えればよいだけなのだけれど、
そのゴム板の支え木や、ゴム板の向こう側に雨水で自然に削られたのであろう、深い排水溝が掘られていたりして、
飛ばして行くには少々危険だ。
どんどん渋滞してきて、
sauce チームと合流。後ろから上がってくる他のチームと、前から落ちてくるチーム、
要は、
路面が急に表情を変え、
難易度が上がったようだった。
無理する必要は無いので、
ひとつひとつクリアして行けばいい。
少し前に出て、後方へ注意箇所を叫ぶと、
後ろの人がさらに後方へ叫び伝えてくれる。
「側溝、左〜!。ここ結構ヤバいねー!」と後ろのマンタ君に声をかけながら振り向くと、
他のチームの方だった。
ちょっと恥ずかしくなり、
マンタ君の姿を探すと、
その後方のsauce teamのあたりにヨッシャン達の姿を見つけた。安心して、進む。
目の前で女性が落車した。
ソレを停車して助けたけれども、
斜度と路面がキツくて僕も再スタート出来ない。
からがら、
なんとかペダルを踏んだが、
グリップしようとした後輪は砂利をかき上げるだけでまた足をついた。
振り返ると沢山のライダーが渋滞してきた。
迷惑かけまいと、
一旦降りて、加速をつけて飛び乗り、なんとか進み出した。でも、
重いギア比と貧弱な脚が、途中で止まる事を許さない。
前輪が柔らかい地面を掘る。
玉砂利と玉砂利の擦れる音。
路面がテクニカルな程
日常を忘れ、
息が上がる程
自分が生きている事を知る。
僕は、
後続の渋滞の中にKINFOLKチームがいると
思い込んでしまっていた。
身勝手に、そう願っていたのかも知れない。
その頃、
マンタ君が体調を崩し嘔吐していた。
フォローする二人が身勝手に先行するモッツに苛立っていたのは想像に難くない。
結局、僕は急坂での再スタートを嫌がって、頂上まで行ってしまった。
正直、みんなsauceや、他のチームと雑談しながら登ってくるだろう、くらいに軽く考えていたと思う。
が、先に登ってきた堀さんに聞くと「いや、まだ下だと思いますよ」と。
それを聞いて、何かあったのかと少し青ざめる。
でも、砂利の下りが怖くて下る事もできず待っていると、
息を切らして登ってきた三人。
無邪気にカメラを向ける僕に、
ヨッシャンは息をきらしながら
足を着くと開口一発、
「…モッツさんよぉ……チームで走ってんだから先々行くなよ!元気なら荷物もつとか、こんなの意味ないやろ!そんな風なら今すぐDNFしてええんやで!した方がマシや!」
普段温厚な彼が声を荒げて叫んだ。
僕はハッとした。
いや、分かっていたつもりだった。
謝りながらも僕は
「もったいない事をした」
と思った。
ここからの下りは険しい。
前情報で、
グレーチングの蓋が飛んでる箇所が度々あるとの事。未舗装路。急勾配が恐怖心を煽る。
それはそうと、
バツが悪い。さすがに。
普段から先々行く僕に今回はと、
あらかじめ釘を刺していたソウ君も呆れ調子で、
マンタ君は変に責任を感じ、
けれど、しばらくして
ヨッシャンは何事も無かったかの様に、
ケロりと「モッツはこの辺りも来たことあるの?」と聞いてきた。
彼は『もったいない』が分かってるんだろう。
なので、
あんまり来た事ないかな、
と僕もサラリと返した。
想像以上に危険な下りの路面は速度を増す。
声を掛け合いながら、
恐怖心を払拭して、
ブラケットを握る手に力が入り過ぎるのとは裏腹に、気持ちは少しずつ解けてゆく。
ヨッシャンの駆るCXはボリュームあるタイヤで、逞しく坂を降る。その後を僕らは着いていくけれど、25c、ましてやマンタ君の23cでは流石に厳しい箇所が続く。
降りきり、ホッとして、
四人は、マキノの立木通りを抜けた。
気持ちの良い農道を抜け、
チェックポイントを通過すると、
このコースの中盤といえる、
険しい峠だ。
登り出しから険しく、
ヨッシャンがやたらとバテた感じで、
太いタイヤは登りではいかにも苦しそうだ。
無言で、息遣いだけが四人の間に響く。
ソウ君が作るペースに合わせ登りきるけど、
くだりはまた相当なモノで、
所々アスファルトが崩れていて、そこが大きな水溜りになっている。
底が見えない、車輪がハブの手前まで沈む深い水溜りを僕らは、
ゆっくりと片足で道路のヘリを蹴りながら進んだ。
後に語るには、本コース中で最も怖かったエリアだという人もいた。
「おおっ凄いな!」
ふと、誰ともなく叫んだ声に顔を上げると、
山腹の絶景。
ずいぶん高くまで登ってたんだなと。
こんな時、ワケもわからずフフフと心中に笑いが込み上げる。
水溜りゾーンをやり過ごし、中継ポイントへ。
ホッとしてると、
背後から悪そうな集団、
ほぼ最後発のテースケさん達のチームだ。
ほどなく追い越され、
その後、チェックポイントのサバカフェでまた落ち合った。
「モッツさんなんか元気ないやん?笑」
と、ボトルの水を補給しながら、テースケさんが話しかけてくれる。
いやいやそれが…と、ソウ君が経緯(いきさつ)を説明するといつもの感じで「ヤバいな笑」とテースケさんは笑った。
久しぶりに顔を合わすライダーの皆んな。
初めて会う人達。
シクロクロスの会場を思わせる空気はなんだか心地良い。
サバカフェを後にして、
田んぼの真ん中を土手が貫く、
サイクリングロードを走る。
先頭を代わるがわる。
自転車をやってて楽しいのは、
無言でローテーションしたり、
チームで同じ気分を共有出来る。
まさにそれであって、
忘れていた「皆で走る喜び」を
思い出すたび、
胸がチクリと傷んだ。
他のチームを抜いたり、抜かれたり。
まもなく最後の峠をむかえる。
僕らは僕らで、気ままに道路のヘリに座り込んで休んだ。
とんでもなく広がる田園、
僕の実家から山一つ超えて、こんな景色があったのか、と笑う。
いや、あったし、
知っていたと思う。
ただ気が付かないのだ。
自転車に乗らなければ。
仲間と走らなければ。
そこで見た景色は、
走ってきた疲れや、
その時の気持ちを内包していて、
iphoneのカメラにはきっと写らないのだ。
raphaのサポートカーが通り越し様、
その先の、グラベルについて教えてくれた。
厳しい登りの後は、ほとんどがグラベルのアップダウンだという。
「えー、マジか笑」
僕らは苦笑しながらも進む。
登りに入るが、
ヨッシャンがペースを落とさず踏む。
おっ、踏めてるやん!と声を掛けると
「モッツが側にいるからじゃないか?」
そう、苦しそうにニヤリと言い放った。
舗装路を登りきると、
そこから長いグラベルが始まる。
グラベルの辛さというのは、
同じ登りでも違って、
路面に集中するウチに登り切り、
登った先で疲れに気がつく、
といった感じだ。
怖くて、楽しくて、
キツい。
馬鹿な話してゲラゲラと笑いながらも、
ガーミンが表示するクライム数が残り僅かで、
もう少し、もう少しと、
励ましあって、
気がつくと、若狭湾を見下ろしていた。
美しい、なのに、
どう撮っても、思う様に写真が撮れない。
きっと、最高なのかも知れない。
グラベルを抜け、
くだり道。
ソウ君がパンクして止まってると
先行していたヨッシャンと僕にマンタ君が伝えに来てくれたので、
まだ元気のある僕は、ヨッシャンからポンプを受け取り登り返した。
ソウ君は路肩で手際良く修理していて、
僕は横で雑談してるだけだった。
結構な急勾配なので、その横を他のチームが駆け抜ける。
僕らは僕らのペースで、
坂を下り、
若狭湾の水面に近い高度まで降りてきた。
陽はもう落ち始め、
空の向こうは赤く染まる。
薄暗がりの中、
びゅう、と他のチームに抜かれていく。
僕らはふいに顔見合わせ、
「いく?笑」
「今から抜き返してみる?笑」
とイタズラ心に魔が刺した。
先頭を入れ替えながら、
後を追う!
緩やかな下りなのか、速度は乗る。
高速カーブの向こう、
その背中が視界に入った。
よし、
と思った所で、皆、
ダメだ〜、とガス欠。
気持ちは元気でも、
脚は使いきり酷使されていた様で、
不甲斐ない自分達に声をあげて笑う。
「ゴールどうする?」
「ウサミミポーズじゃない?やっぱ笑」
藍色の空、
薄暗がりの中を僕らはゴールした。
達成感というより安堵。
その達成感を感じたのは、
それからずっと後の事だった。
宿で4人、
マンタ君の交渉の成果で、
出てきた海鮮と、ビール。
泥の様に眠った朝は、
みんなでヨガ笑。
ソウ君は「何やってんねん笑」と爆笑しながら写真を撮る。
観光し、
解散して、
僕は実家に戻った。
連休最終日。
近江今津駅まで親父が子供を送ってくれると言うので、
僕は先に自転車で国道161の峠を越えて行く事にした。
幅員の狭い峠。
道幅が広くなると、
後ろで僕を抜けずに待ってくれていた車に、どうぞ、と右手を挙げ左に寄る。
ごおっ、と音を上げながら
真紅のトレーラーヘッドが横を抜け、
ハザードランプを焚きながらコーナーの向こうへ消えていった。
ペダルを踏んでいる間は、
日頃のシガラミから解放されている、
と感じる。
自転車は独りでも楽しめる。
しかし、チームの中で、
不安と感動を共有しながら、
苦痛と喜びを共有出来る事は、
それを遥かに上回る経験となる。
それは僕の魂に刻み込まれ、
怪我をしても、どんなに疲れていても、
僕をまた、サドルへと誘なうのだ。
という問いには、ミュージシャンのごとく、
ノーと答えるべきだろう。
分岐点はあってもただ前に進むしかない。
折り返して、幼児の様な余生を過ごすつもりはない。
気がつくと僕はまた、分岐点に立っていた。
たまたま与えられポストとはいえ、
パン屋フランチャイズのエリアマネージャーとなって、日々奔走し、試食を繰り返し、
太った。
新春を迎え、
ようやく仕事も落ち着いて、
一年半ぶりに戻ったシクロクロス会場は僕を優しく迎え受けてくれた。ハンディではないが、ヨッシャンと自転車を入れ替えての出走。
皆、
久しぶり、辞めてなかったんやな!、
可愛いボディで帰ってきたなー笑、と、スタート前に沢山の、沢山の仲間達が声をかけてくれて、
むしろ、
まだ仲間と認識してくれている事に僕はすっかり暖かくなってしまい、気がつくとレースはスタートしていた。
油断して落車した僕を追い抜き、
前を征くヨッシャンの背中を見て、
当時の僕が乗ってたSSCXを駆るヨッシャンの背中が遠ざかるのを見て、
そこに、
あの日の自分の背中を見た。
もう追いつけない。
そんな事を思いながら太り続けた。
初夏。
ヨッシャンからの連絡。
「ラファプレステージ、モッツの地元開催やけど。」
走りたい、と思った。
あの頃に戻りたい、と思ったのかもしれない。
少しずつ乗る機会を増やし、
お盆も子供と一緒に輪行して帰省した。
ガーミンは、若狭道を把握しておらず、
道なき道を案内してくる。
そんなガーミンが指示したトンネルは有名な心霊スポット。
なるほど、通行中にトンネル内の照明は消灯し、なんと自転車のライトも滅等。
真の闇となった。
片側一通のトンネル。
死を感じた僕はゆっくりと、真っ直ぐに走っていたハズが、シャーっという走行音が突然ジャリジャリと水溜まりを踏んだ音になり、前輪がガクンと跳ねたと思うと、右壁面に叩きつけられ、
転倒。
早く出ないと、前から車が来る。
すぐ自転車を拾い上げて出口に向かって血塗れの手を振りながら走った。
命からがら、とはこの事で、
トンネルを出てよく見ると「軽車両通行禁止」
との事。
我ながら情けない。
血塗れの手足を引っ提げて、
帰路についた夏。
怪我だらけの手足を引き換えにしても、体重は落ちない。
手首に大怪我を負って、握力が戻らないまま、
ソウ君に、
「ラファプレステージの練習行こう」と誘われ、
走り慣れてたはずの犬鳴山の急勾配があまりにキツく、
「ま゛、まっで!!」
と前を行くソウクンを、
命からがら呼び止める。
なんの事はない、15%くらいの斜度で死ぬかと思う程苦しく、
僕よりも、
ソウ君の方に「モッツ大丈夫かよ…」と不安を残してしまった。
昼飯を抜く。
あと一月。それくらいしか思いつかない。
朝昼を抜き、後はプロテイン。
寝坊したらローラーを踏む。
ようやく、2キロは減量出来た。
仕上げに淡路島走ろう。
台風で南部は通行止めとなったけど、
水仙郷を往復し、
軽ギアで回せば、
なんとかなるのではないかという自信を持った。
何より、ヨッシャンが痩せて峠で強くなり、
ソウクンは日々の鍛錬で、瀕死の僕を追い抜いて行く。
いや、僕が遅くなったのか。
答えは分からないけれど、何でもいい。
ラファプレステージ。
チームで、とにかく完走したいのだ。
ルートを見れば、
なるほど僕の親しんだ街並みを抜け、
前人未到の山道を抜ける。
おあつらえ向きと言うものだ。
僕は今、
ターニングポイントに立っているのだろうか。
違う。
今もその先を見ていて、
新しい世界の構築を夢見ている。
ラファプレステージ若狭。
もしかしたら、走り切ったその先に、
折り返し地点ではない次の道が、
そんな道がきっとある気がして、
僕らは走る事をやめようとしないのだ。
修理も考えたけれど、物欲に従うなら、これは恰好の機会である。
話題のWahooと迷いつつ近所の自転車屋に行ってみると、出たばかりのガーミン530、830が意外にも安い。センサー無しで3万と海外通販並みの値段で、それならとセンサー付きを即購入してしまった。
幾つかある新機能の一つに、防犯アラーム機能がある。
バイクを離れる時にセットしておけば微細な振動に反応してアラームが鳴り、携帯に「アラームが鳴りました!」と通知が来る便利機能。
これが、携帯との接続がおかしくなるとアラームを停止するのにずいぶん戸惑うし、ロックナンバーの解除を行う場合、やはりタッチスクリーンの830の方が良かったのではないかと考えてしまう。
他にも携帯電話との連携が素晴らしく、メールやLINE、着信の通知までしてくれるのは大変便利だ。
そんな新機能の中、肝と言っていいのはナビ機能の強化ではないだろうか。
そういえば、いつのまにかガーミンコネクトでルートが引ける様になっていて、スマホで作成したルートを同期して即スタート出来る。ナビも正確で、データ提供されているマップか非常に見やすい。
また、ルート作成機能が面白く、距離と方角を入力すれば自動でテキトーに作成してくれる。
山に入るルートになると、高い確率で地元の人しか知らない様な山道へ案内してくれて、これは中々楽しい(520等、ナビ機能があるガーミンは全て対応らしいです)。
たまに自動車専用道的な所も案内するので、注意は必要だけれど…。
とにかく、100km程、東に向かいルートを書かせてスタート。
阪奈道路までは大阪市内の幹線道路を通る。ハナから御堂筋逆走ルート。そりゃないやろ、とよく見ると、御堂筋から一本隣の細い道を北上していて、
なるほど、と向かう途中「いやこれ、心斎橋筋商店街ちゃうか…」と気付く。
人混みに突入しろとビービー鳴るアラームを無視して、堺筋から北上した。
1号線は流石につまらないが、
阪奈道路に入ると突然カウントダウンが始まり、ビープ音と共にガーミンの表示が「クライムモード」に切り替わる。
山頂までの距離と勾配をグラフィカルに伝えてくれるのだけれど、
元気なウチは楽しいが、ライド後半では死刑宣告にも見える微妙な機能だ。
阪奈道路といえば、峠道でも整備されていて、
車もビュンビュン走るので正直「嫌なルート引きやがって」と思ってると、路肩に向かいVターンさせられ、勾配10%超えの狭道へ。
クライムモードを見る限りそこそこキツくても登りきれそうで、何より人も車も来そうにない。
寂れたホテルや廃墟となった旅館を横目に山を登って行く。
ガーミンコネクトでルートを引くと、比較的こういった趣きある道を選択してくれるキライがある。
最近の運動不足で心肺メーターはレッドゾーンに入りっぱなしだが、誰かにアテンドしてもらうような人知れぬ山道をたった独りで走るのも、冒険心をくすぐられ案外悪くない。
奈良市内に入ると幹線道路での案内が続き、そこ自転車無理やろ!と思う場合も、地図が相当正確で分かりやすく迂回路をパッと目視で探すのもやぶさかではない。
特に、目的地も設定していないので距離を稼ぐだけのルートは実に新しい発見がある反面、
地方都市の大きな幹線道路を走り続けると、
イオンを中心とした大型商業施設とコンビニとラーメン屋が代わる代わる出てきて、
ずっと同じ景色が続く。
道の脇を車に遠慮しながら走る自分が、
まるで人の営みから外れてしまった気持ちにもなってしまう。
そんな孤独感の中でも頼りになる相棒といった感じで、
ガーミン530は次のルートを指し示す。
ウチに帰るにはあと峠ひとつ越えなければいけない。
起動したクライムモードは、比較的優しい勾配を指し示し、痙攣寸前の膝に僕はホッとする。
しかし、
クライムモード、
ナビ(マップ)、
計器類、
その他データを示す数ページ。
これらの画面をスワイプで捲れたならどんなに快適だろう、と810を使っていた僕は痛感する。
とにかく切り替えがやり難い。
左右についたボタンをコチコチコチコチと、
機能が素晴らしいだけに余計にフラストレーションが溜まる。
100kmほど走り、
この新しいサイコンを評価するとしたら、
特筆すべきはバッテリーが長持ちである事と、
ナビ機能の充実、携帯電話との連携。
この3点が明らかに強化されたと言ってよく、
そこに不満が無い人には、強く買い換えを勧める事はあまりない様に思う。
しいていうなら僕と同じ様にサイコンの寿命による買い換えで、530か830を悩んでる方には、
絶対的に830を推奨。
走行中でも安全に楽しく多くの機能を楽しんでもらえるのではないだろうか、
と、
僕自身、少々後悔している。
]]>子供たちを実家に預け
先にウチへ戻る。
棚の上で薄っすら埃を被ったガーミンにケーブルを差込んで充電を始めるけど、
走り出すまで後10分もない。
突然の思い付き。この空いた2時間だけでも久しぶりに走りたいと思ったのだ。
時計の針は15時半を回る。
タイヤに空気を入れ、久しぶりにジャージに身を包むと、
鏡に映る自分のダラシない腹に思わず「ダサっ」と独りごちて自嘲した。
通勤や、
移動する目的でロードバイクに乗ってはいたけれど、
最後に、自分の為だけにペダルを踏んだのは、どれくらい前だろう。
そういえば、先シーズン、
CXのレースは遂にひとつも走らなかった。
整備されたCXバイクは盆栽の如く部屋に飾られている。
振り返れば、
秋、娘の入院。冬、仕事の異動、まさかの異業種で、春になっても管理が全く儘ならない日々が続いている。
辛かった事を思い出に変える間もない程、忘れる事も忘れながら時は過ぎ、
自分を見失いかけては眠れない夜を過ごしている。
なんとか取った短い連休も、仕事が頭から離れない。
おりしも、
おりしもそんな時、
10年以上連絡を絶っていた恩師から電話が鳴る。
そんな些細なキッカケと、
僅かながら出来た独りの時間。
今なら走り出せそうな、そんな気がした。
自分の為にペダルを踏む事を僕は忘れていたのだ。
可愛らしく丸みを帯びた腹をひとつ叩いて、
クリートの嵌る乾いた音を聞く。
新調したサングラス、「100%」のスピードクラフトは視界良好、前傾姿勢でも眉毛の上まで良く見える。
いつもの練習場に行き、短いコースでタイムを計る。
ジュアッ、ジュアッ、とアスファルトにタイヤを擦り付ける。
なんだ、思った程落ちてないじゃないか。そう思った途端、もう脚が回らなくなった。
やっぱり、そんなに甘くはないか。でも、タイムなんか今はどうでもいい。
応える様にガーミンのバッテリーが切れた。
ただ走る事で、自分自身を取り戻せる様な気がしていた。なんとなく分かっていたけれど、
その一歩が、最近の僕には難しかった。
今は、また走り出せた事、
自分だけの為にペダルを踏めた事に、
少しだけ酔っていいと思うのだ。
日が沈む頃、閉店準備を始めたカフェに滑り込みアイスコーヒーを貰った。
息を切らしながら、
それでもいつもより饒舌に話す自分に、
店員さんも少し困惑していたかも知れない。